作った山のカレンダーで2021年を振り返る
2023年を目前にしたこのタイミングで、あえて2021年の山を振り返る。
2022年の振り返りは2023年になってから時間あるときにやります。
去年のはこちら
1月
2020年12月~2021年3月の間は長野県白馬村でホテルスタッフの住み込みバイトをしていた。
目的としてはスノーボードの上達ということにしていたが、遅れてきたモラトリアムというか、要はせっかく会社をやめたからもうちょっと遊びたいというひどく稚拙な理由だった。
あまりスノーボードの技術は上達しなかったが、面白い人にたくさん会うことが出来たし、楽しい経験も出来てとても良かった。
この写真はホームゲレンデである八方尾根スキー場のゲレンデトップから唐松岳方面へと向かう道中で撮ったものだ。
BCの練習としてひとまず行けるところまでスプリットボードでシール登高を行い、時間と斜面を見て尾根をそのまま滑って戻ってくることが目的だった。ただせっかくなのでカメラも持って行ったところ、これが見事な天気だったため主軸は撮影に変わってしまった。とはいえ天気だけが理由ではない。八方尾根は風が強いことが多く、シュカブラがよく見られる。
この日はトレースとシュカブラしかないような状態で、自分ではこのガリガリになった表面を気持ちよく滑ることは難しそうだった。そのため撮影がメインとなった。
雪の白馬岳にいつか行ってみたいと思いながら、その遠い頂をファインダーに捉えることが精いっぱいだった。
2月
2021年2月、そろそろ今後の自分の身の振り方を決める時期だった。
いろいろ悩んだ結果、首都圏でサラリーマンに復帰することを選んだ。
就職活動を始めてからはあまりゲレンデに滑りに行くことも出来なくなってしまったが、それでもこのシーズンのうちにBCには行きたいと思っていた。
キャベツバイト時にお世話になった迅さんに連絡を取り、BCデビューをすることにした。
日にちは2/19。ヤマノススメの主人公・雪村あおいの誕生日でもあった。
作品の聖地である飯能ではきっとファンたちが生誕祭を行っているだろう。
しかし白馬村にいる今、飯能は遠い。すっぱりと割り切って迅さんとどこに行くか話し合う。
しかしせっかくなので、ということで作品にも登場した霧ヶ峰に白羽の矢が立った。
それまで完全に独学だったシール登高についてアドバイスをもらいながら霧ヶ峰の山頂に立ち、いざ滑走。
日帰りとは言え山の装備を背負っての滑走はゲレンデ滑走と全然違った。斜面も当然圧雪されていない。これがBCか、という高揚感を抱いた。
雪原まで滑ったあとはまたシールを履き替えて雪原を歩く。
ゲレンデにはあれだけ人がいたのに、ゲレンデのトップからも見えるこの雪原にはトレースがあるばかりで、今は迅さんと自分しかいなかった。
なんとも言えない気持ちよさを感じながらシャッターを切った。
3月
せっかく白馬村に籠っているのに、全くと言っていいほど北アルプスの山に登っていなかった。
3月になったし天気も安定期に入るということで、大きめの山をやろうと友達と計画した。
今回の目的は五竜岳だ。白馬村にいると武田菱を纏った五竜岳が見えることが度々あった。武田菱とは、五竜岳の山頂付近にある雪形のことで、黒いひし形の岩たちが戦国時代の将軍・武田信玄の家紋に似ていることからそう呼ばれている。
白馬村においてもその存在感を放つ五竜岳に、1泊2日のテント泊で登ることとなった。
エイブル五竜のゲレンデトップから遠見尾根へとアプローチし、適当なところで整地してテントを張った。風も弱く快適に寝ることができた。
翌日、快晴の中、五竜岳へと向かった。
山頂からは北アルプスの山々を見ることが出来たが、特に目を引いたのが鹿島槍ヶ岳と剱岳だった。
積雪の鹿島槍ヶ岳は残雪期にバリエーションルートで登られている印象が強い。五竜岳と同じく後立山連峰に位置する双耳峰の名峰だ。
対して剱岳。後立山連峰とは黒部川を挟んでおり、雪深く、そしてアクセスが容易ではない。そもそも山容からして雪の有無に関わらず難易度が高い試練の山という側面も持つ。もちろん、積雪期の登頂は簡単ではない。
岩と雪の殿堂とも呼ばれているその山は、確かに厳かに、人を寄せつけぬかのように、しかしただそこに座していた。
4月
就職先も5月からに無事決まり、3月末に白馬村から引きあげたぼくは4月、小さな旅に出た。
自分よりも自由に生きている友人を連れ、西日本(本州)の名峰を巡る旅だ。
実家の名古屋で彼と合流するまでの間、実家を起点に自分一人で恵那山と荒島岳に登った。
しかし合流後はあまり天気に恵まれず、各地を観光しながらが多かった。それもそれで新しい発見があり楽しかったが、やはり旅のメインは登山だ。
天気予報を見ながら予定を立て、見事晴れの日に伯耆大山の登山日を引き当てられた。
夜明け前から登り始め、ところどころでは冷えて凍った雪を蹴り込みながら登る。
山頂ではご来光を無事見ることができ、下山まで余裕があったため山頂の避難小屋で仮眠を取った。
起きたあとは再び山頂へ行き、振り返ると日本海と米子の町並みが眼下に広がっていた。これまで太平洋側ないし山間部でしか生活したことのなかった自分にとって、日本海というのはとてもレアだ。
その絶景を堪能したあとは下山し、伯耆大山をぐるりと半分回るようにして岡山へと南下した。
伯耆大山は見る方角によって大きく見た目を変える山だった。北から見れば絶壁を有する山に、西から見れば伯耆富士と呼ばれるような立派な裾野を持つ山に見える。
次は厳冬期に行けたらいいなと思いながら、その不思議な山を後にした。
5月
ツクモグサの存在を知ったのは数年も前だったように思う。
山の友人の山行記録を読んで興味が沸いたが、当時車を持っていなかった自分にとって、南八ヶ岳へのアクセスはひどく大変に思えた。
5月の中旬ごろ、久々に登山を行いたいと思い、リハビリも兼ねて日帰りで行ける山を探した。そんなとき、横岳付近でちょうど今の時期ツクモグサの開花を見られることをふと思い出した。
知った当時は遠くに感じていた八ヶ岳だが、今となってはたいした距離ではない。
深夜に車を走らせ林道の中をガタガタと進み、桜平の駐車場で仮眠を取って翌朝出発した。
硫黄岳を越えて眼下には大同心、小同心が屹立しているはずだと思う付近にそれは小さく数株咲いていた。小さく口を開けた雛のように可愛らしく群生していた。
数枚写真を撮ったあと、せっかくだからと横岳まで足を伸ばしてみる。
1か月ぶりに近い久々の登山に疲弊しながら休憩をしていると声をかけられた。
「こんにちは。縦走ですか?」
「いえ、ツクモグサを見に来たんです」
「この先にたくさん咲いていますよ」
「この先にもいるんですね」
「向こうの方が、たくさん咲いています」
良いことを教わったとお礼を言い、休憩も程ほどに先へ向かう。
と言っても、山頂からすぐのところに分かりやすく群生していた。それも奥には赤岳だけ見える素晴らしいロケーション。何枚も夢中でシャッターを切った。
帰りに先ほど絶好のポイントを教えてくれた人に追いついたので声をかける。
「ツクモグサは見られました?」
とニコニコと聞かれたので
「とても良いロケーションで出会うこと出来ました。ありがとうございます」
とこちらもニコニコと答える。
またここに会いに来よう。そう思える温かい思い出と、とても可愛らしい花だった。
6月
谷川岳はいろんな側面を持つ山だと思う。最も有名なのは「魔の山」としてだろう。開拓時代に一ノ倉沢の岩壁を登るアルパインルートでは数百名もの人が亡くなり、最も死者が多い山としてギネスブックにも登録されている。
しかしそれは挑戦が行われた時代と、ルートによるところが大きい。
違う側面としては「日本百名山」「花の百名山」「ロープウェイで行ける手軽な山」がある。
そして、ヤマノススメのファンからすれば聖地となる。
ヤマノススメきっかけで訪れたこの山は、その雄大な景色でぼくの心をつかんで離さなかった。
飯能の散歩気分で行ける天覧山を除けば、今まで最も行った山がこの谷川岳だ。
このときは山開きを迎えた谷川岳にヤマノススメのファン数名と訪れた。まだ山頂付近は雪が残っていたが、道中にはもう高山植物が咲き始めていた。
今年は何回行けるかな、そんなことを思いながらいつもの景色を眺めていた。
7月
北アルプス。登山者憧れの地とも言われているその長大な尾根は、日本の屋根とも言われている。
山の友人2人と、数年越しのジャンダルムを縦走する計画を立てた。連休に有休を加えた3泊4日の山行だ。
久々の20kgを越える装備と標高が高いとは言えうだるような暑さが襲い掛かり、加えて穂岳周辺特有の急峻な登山道に歩みは遅々とし、体力も削られた。
初日は新穂高から出発したが計画よりも前倒して山腹部で幕営を行い、2日目に南岳新道を通って稜線へと突き上げた。そのまま大キレットを越えて北穂高小屋へ。
しかし大キレットの終盤に雨が降ってきた。夕立だ。この山域では夏の午後は雷雨を伴うこともある。雨はつきものと考えたほうが良いくらいだ。
体感で1時間近く雨に打たれて北穂高小屋へと到着した。そのまま雨は少し続き、日の入り前にはもう上がっていた。
雨上がりの稜線を照らす夕日は美しく、越えてきた大キレットと、その奥にそびえたつ槍ヶ岳が輝いて見えた。
翌日は涸沢岳を越えて穂高岳山荘でテントを張り、あとは最終日にジャンダルムを越えて西穂高岳へ向かうだけとなった。予報では終日晴れだったが、朝1時半に起きてみると霧の中だった。準備をしながら3時まで粘ったが天気は変わらない。最終日で疲れが溜まっているし、濡れた岩稜帯を進むのは危ないとの判断を下すことになった。
ふて寝も兼ねた二度寝をし、6時ごろ起きて7時に出発。相変わらず奥穂高岳には雲があったが、涸沢と上高地は見事な晴れだった。
またも持ち越しだな、と笑うしかなく北アルプスを後にした。
8月
まず、一つ断っておく必要がある。立山が日本のマチュピチュと呼ばれた記事や記録を目にした記憶はない。完全に自分一人からなるイメージだ。というより日本のマチュピチュと呼ばれるところは別にある。
しかしながら標高3000m近いところに面白いように溶岩台地が広がり、山小屋やヒュッテやロッジやバスターミナルが点々としているその光景は遺跡じみていた。
12月になると4月の下旬まで雪に閉ざされてしまうが、夏には緑が溢れ花が咲き乱れる。そして名物と言えば温泉だ。
また、難所としても知られている剱岳へもこの立山・室堂から向かうことが出来る。
今回は諸事情で温泉に入ることはなく、剱岳へも行かなかったが是非ともまた来たい山だと思った。
晩秋と残雪の雪の立山で滑る、というのを目標にしたいものだ。
9月
ロープを使ったクライミングに興味を持ったきっかけは三つ峠山登山だった。
ヤマノススメ聖地巡礼で訪れたときに屏風岩をクライミングしている人たちを見て「面白そう」と思ったのだ。それから縁あってロープの所作を教えてもらい、装備を揃え、自分たちでクライミングをやるようになった。
今回は個人的なチャレンジの下見に来ていた。チャレンジというのは自宅からロードバイクで登山口まで、登山口から屏風岩まで登山で、屏風岩から山頂までクライミングで、三種のアクティビティを用いて自宅から山頂まで自分の足で立つというものだ。
ロープクライミングを始めて割とすぐの段階でこの目標を定めていて、20代のうちに行いたいと期限まで決めていた。
ロードバイクで自宅から三つ峠登山口までは90kmほど。箱根の峠を越えながら130km走ったことがあるのでこれは障害にならないと考えた。登山口から屏風岩までの登山はメインアクティビティが登山の自分にとってはなおのことだ。つまり、障害となりうるのは屏風岩から山頂までのクライミングセクションだった。
ロードバイクや登山に比べてハードルは圧倒的に上がる。まず、パートナーが必要となる。そして装備が必要となる。最後に、知識と技術が必要になる。
それらをクリアし、ようやく目標にチャレンジできるようになったので今回下見に来た。
想定しているルートの1ピッチ目をリードで登り、2ピッチ目はビレイする。パートナーは相当苦戦していた。そしてそのまま上に行けると思ったがどうやらそうではないらしい。山頂へは別ルートで行く必要があるようだ。
下見を終え、後ろを振り返ると晴れ渡る空に富士山が立っていた。どうか本番も晴れますように、と祈った。
10月
温泉沢の存在を知ってからずっと行きたいと思っていた毒水沢・香草温泉。ただでさえ楽しい沢登りが野湯にまで浸かれてしまう。それも日本が誇る草津温泉の源泉に。これ以上ないお膳立てだった。
10月も半ばに差し掛かろうという頃、「涼しいくらいが温泉にもちょうどいいよね」と話していたが草津温泉は高所の温泉。吐く息が白いくらいに冷えていた。
なるべく水に入らないようにして沢を詰めて行き、だんだんと沢自体が温かくなっていく度にはしゃいだ。
源泉である香草温泉は壮観で、硫黄成分と湯気が織り成す景色は見事なものだった。
湯温は場所によるが40~50度くらいだろうか。底をすくえば大量の湯の花が。湯の花、などと言えば聞こえはいいがもはやそれは変色した泥と大差なかった。
香草温泉のPHは2以下。胃酸よりも強力と言われており、長湯はあまりしたくない。
したくないが、初めての温泉沢をたっぷりと満喫してしまい、下山後履きっぱなしだった沢靴を脱いでみると、足の裏がメロンのように皺になっていた。
ちなみに服に染みこんだ硫黄のにおいも数度の洗濯程度では落ちず、着る度に香草温泉を思い出すのだった。
11月
甲信や関東に住むクライマーで小川山に全く行ったことがないという人は少ないのではないかと思う。それくらい有名な岩場だ。「日本のヨセミテ」とも言われているそこは花崗岩が多く露出し、ボルダリングもショートルートもマルチピッチも多くの課題が作られている。
ベース地となる廻り目平は直火OKで薪もそのへんの枝を拾って来れるため、キャンプ場としても人気だ。金峰山にもアプローチ可能なため登山者の利用も少なくない。そのためシーズン中は多くの車でごった返している。
広大な岩場と良質なキャンプ場があり、しかも東京近郊から近いとは言い難い。せっかくなら泊まって行きたい場所だ。
そんな小川山にいろんな事情により日帰りボルダリングとして訪れた。
紅葉と白い花崗岩と白樺と晴れ渡った秋空はそれだけで「日帰りでも来て良かった」と思わせるに十分な景色だった。
12月
谷川岳が好きだ。初めて訪れたときから稜線の景色に心を奪われ、それは何度訪れても褪せることがない。
標高2000mに満たないその山は、険しい岩壁と美しい稜線と色とりどりの高山植物を有している。山は標高ではない、という言葉がまさしく当てはまる。
ほぼ毎年、無雪期と積雪期に1回ずつは訪れているように思う。
今回はBCの練習で来ていた。シール登高の練習とシートラーゲンの練習。
慣れないシール登高と突然重量が増えるシートラーゲンは遅々としてしか進まず、体力的にもひどく疲れ、下山時間を考えて山頂へ行くのを諦めた。谷川岳に行ってピークを踏まなかったのはこれで3回目だ。
同行者だけ山頂へ向かっている間に休憩を取り、途中まで登って来た尾根を振り返る。
何度来ても良い山だなとパンをかじりながら景色を眺め、シールを外して滑走の準備に移る。
ほんの少しではあるが滑ることができ、これでまた谷川岳でやれることが増えたぞと思いながらいずれ山頂からの滑走を夢見て下山したのであった。
【2013.11.9-16 四国ロングツーリング③】四国最西端・佐田岬と高地入り
9年も前になる人生初のロングソロツーリング、四国ぶらり旅の3日目になります。
前回の記事はこちら
3日目(2013.11.11)
朝7時くらいに起床。
今日目指すのは四国最西端・佐田岬。
そのあとは行けるところまで南下予定。
出発して少しバイクを走らせる。
天気は晴れ。ずっと海沿いで気持ちの良い道路。
光芒が綺麗。
もう少し走らせるとまた港が見えてくる。
どうやらこの半島は海沿いにまばらに住宅があるというよりも、村が点在するような形になっているっぽい。
道の終点まで走るとちょうど佐田岬の駐車場になっている。
バイクを降りて最西端へ向けて歩く。
道は舗装されていて特に何の装備も持たないで歩きだしたけど問題はなさそう。
というか当時は山装備一切持っていなかったので登山道だったら引き返していたと思う。
道中にあったキャンプ施設らしきもの。どちらかというと宗教チックで怖い。TRICKでロケとかされてそう。
先っぽへ行く前に海岸に下りてみる。水は透き通っていて綺麗だけどシケがちょっと強いので早々に退散。
多分半島を振り返った写真。先までこんなに長かった記憶はない……。
というわけで四国最西端・佐田岬!
これで最北端・最西端に行ったことになる。(まだ1日目は最北端に行ったと思い込んでいる)
残るは最南端と最東端……!
すぐそこ九州ですよー、という図。これは余談だけど九州本土最南端は佐多岬という名前で、この佐田岬とごっちゃになるのでややこしい。
最西端から見える景色。確かにすぐそこに陸がある。すぐそこ(十キロくらい)
せっかくだし記念写真撮るか!と強風の中デジカメでセルフタイマーをセット。
首から下しか写ってない!これはこれで「ザンッ!!」って感じしてるけどやり直し!
強風が吹いて「カメラ吹っ飛ぶかも!!」と振り返った瞬間にちょうどカメラが倒れながらタイマーが切れた1枚。パーカーのヒモが浮いてるのとぼくのすごいしかめっ面から分かる通り、かなり風強かったです。
で、2回失敗したので萎えて記念写真は諦めました☆
潮風強くてしんどいので早々に退散して駐車場へ戻る途中、おばあちゃんが声をかけてきた。
「にーちゃん、ちょっといいかぇ」
(一本道だけど行きにこんなおばあちゃんいたっけ……?岬行ってる間に来たのか……?)
「みかんをよお、買ってってくれんね」
「えー(´A`)」
「おばちゃん海にももぐるんだけどよお、ほら、これ見て。ウニ」
と言って取り出したのは小瓶に詰められたウニ。
「はあ」
「これ今朝捕れたてなんよお。ほら、パンパンに詰まってるやろ?」
「へー、すごいですね(あまり興味ない)」
「もうこの時期は寒くてさあ、おばちゃん頑張ったんよお。ウニ買ってくれたらみかん一箱やるけん、ウニ買ってってくれんね」
今なら当然「だが断る」と言うところだけど、当時は押し売りに弱かったので(しかも相手おばあちゃんだし)、つい買ってしまう。
「いくらですか?」
「3000円」
キエエエェェェェェーッッ
めっちゃくちゃ買いたくないけど、もう買うって言っちゃったのでしぶしぶと払う。
「これ、みかんも」
「いや、バイクで来てるんでそんな持てないからビニール袋一袋だけでいいです」
「そうかあ」
この瓶で3000円かァ……。ウニの相場、知らないけど。安いのかもしれないけど。でも3000円かァ
※後日談として、ウニだけあってもしょうがないので当時の彼女(実家暮らし)にお土産としてあげたら彼女のお母さんから「ウニくん」と呼ばれるようになりました
どうやら岬の漁港でしらすが食べられるとのことなのでお昼はそこへ決定。
佐田岬の 鬼
たかだかしらす食うのに鬼とかものものしいからやめい。
せっかくなので釜揚げしらす・生しらす、しらすのかき揚げとしらす尽くしで!
美味しかったです。鬼ではないけど
行きに風力発電の風車を見つけて気になっていたので寄ってみる。
映えそうだったのでバイクと一緒に撮ってみる。
ちょっと雲が多い。
雲の色……。
雲……。というか危ないから道路で撮るのはやめようね。
ちなみに最後の写真は当時のツーリングマップルの表紙リスペクトだったりする。
佐田岬を堪能したので高知を目指して南下。
の、前に寄り道で遊子水荷浦へ。
え、どこって?
遊子水荷浦だよ、遊子水荷浦
ゆすみずがうら、と読みます。
国道から離れた漁村にある段々畑で、意外に観光名所らしい。なかなか辺鄙なところにあるけどね。
と、その前にそろそろ着替えストックがないのでコインランドリーで洗濯。
「そういうのは夜やれ」って話なんだけど、宿泊地付近に何かあるとは限らないので今のうちにやる。(というのは言い訳で、当時は旅に不慣れだったのでその辺の手際がとても悪い)
洗濯と乾燥を待つ間暇なのでスーパーをぶらつく。
いや、みかんならナミだろ!!
なんでサンジなんだ!!!(ドン!!!!)
気を取り直して遊子水荷浦の段畑へ。
国道から離れて遊子の漁村の方へ。もう夕方だけどこんな辺鄙なところ走っていて高知入り出来るのかなーと不安になって来る。
やがて漁村に入るので坂道を登って畑の上側へ。
なかなかいい眺め。
しかしこのトラバサミみたいなギザギザの輪っかはなんだろう。
なんだろうとは思うものの、特に調べもせず先へ。
魚見の丘というところあった石碑。漁でなくなった方を追悼しているのかな?
もう日が暮れ始めている!やばい!やばい!高知には入りたい!
ガーっと南下し、高知県入ってすぐにある大月という町で一泊することに。
居酒屋兼素泊まり宿もやっている幡多郷(はたご)というところへ。
ガラガラガラ
「すいませーん」
「はいはい、いらっしゃい。1名様ですか?」
「はい。あ、それと今日って宿利用大丈夫でしょうか」
「いいですよ。素泊まり2500円になります。2階に上がった和室を使ってください」
「ありがとうございます」
「夕飯も食べていきますか?」
「はい。関東から来たんですけど、ならではのオススメメニューってありますか?」
「う~~ん、カツオはまあ高知ならだいたい食べられるからねえ。あ、ウツボ仕入れているよ」
「食べられますよ笑 塩焼きと鍋があるけど」
「どちらがオススメですか?」
「どっちも美味しいですね~」
「じゃあ両方で!」
「はい笑」
ということでウツボ料理を注文。
これがウツボの塩焼き。皮がパリッとしていて美味しい。
ちょっと骨が多い。
宿泊まるし鍋も頼んでくれているとのことで、結局この塩焼きはサービスしてもらった。ありがたい。
ウツボ鍋。身がほわほわぷりぷりで美味しい……!
他のお客さんもいなかったのでご主人に高知の話を聞きながら舌鼓を打つ。
「他所から来たなら酒の席で土佐の女は引っかけちゃダメだよ」と言っていた。みんな言うけどそんなになのか。ふーん、酒強えー女
「朝はどうするの?」
「日の出くらいに出発します」
「じゃあ気をつけて」
ご主人は自宅へ帰ったため、宿には自分一人。
ツーリングマップル片手に翌日回るスポット探しとルート設定。
明日は四国最南端・足摺岬へ行ったあとに四国カルストに決定!
四国カルストからちょっと下りたところにキャンプ場があるのでそこでいよいよ初キャンプ!ヒュゥー!!
しかし翌日、あんな悲劇が起ころうとはこの時知る由もなかった……
【2013.11.9-16 四国ロングツーリング②】道後と佐田岬半島
9年も前になる人生初のロングソロツーリング、四国ぶらり旅の2日目になります。
前回の記事はこちら
2日目(2013.11.10)
愛媛のネカフェでばったり出会った同じバイク乗りの旅人に誘われ、ほいほいと道後観光に応じたぼく。
朝9時
ねっっっっっっむ
睡眠時間は2日連続4時間半。地獄のミサワじゃないけど、正直つらい。なんせ今日も長くバイクに乗るのだから。
「おはよう」
「おはようございます……」
「眠そうやね」
「いや、お兄さんなんでピンピンしてるんですか」
「そりゃ今日も楽しみだからでしょ!」
言ってることが当時大学生の自分より若い。
「じゃあ道後行こか~」
というわけで道後に向けて出発。と言っても30分も走れば駅に到着。
バイクを停めさせてもらい歩いて観光。
「坊っちゃん列車も道後やね」
「そうなんすね」
「え、自分知らんの!?」
「いやあ、道後温泉しか知らなくて」
酒豪と俳句のまち。なんて良い字面なんだ。
「そういえば潰されるから四国の女は引っかけるなって言われたわ」
「こわっ」
このお兄さん女慣れしてそうだなー、なんて思ってると観光客と思わしき和服姿の女性2人組が。
「きれいやねえ」
「そうですね」
「すいませーん、写真撮りましょかー?」
『えぇ、悪いですよ~』
「自分も観光なんでいいですよいいですよ」
こ、行動が早すぎる……!!
「連絡先交換したんですか?」
「いや二人組相手はせんよ」
ソロだったらしてたってことですか……。
そんなこんなで話していると
道後温泉に到着。
一応今回の旅の目的の一つで、千と千尋の神隠しの湯屋のモデルになったとも言われている。
「入る?」
日帰り入浴700円かあ……。
「今日はまだ先も長いんでやめておきます」
「え、これ目的で来たんちゃうの!?」
「そうです」
「入らんでいいの?」
「まあ外観見れればいいかな、って……」
「そっか……。まあ俺は入らんでよかったから良いなら良いけど」
今思えば入ればよかった。なかなか行けないし。
また歩き始める。
なんとなく回ったところでお昼。
愛媛の名物と言えば鯛めし!
うひょおおおおお(゚∀゚)
うまい!うまい!うまい!
「今回はどんな予定で回ってるん?」
「大学の関係で休みが結構あるんで、四国を回ってみようかなーって。お兄さんは?」
「俺はとりあえず日本回るの2回に分けようと思ってる。今回は西日本。そんで次が東日本。家が大阪やからちょうどそれで西と東にしようと思って」
「へー。そのあとはどうするんですか?」
「ワーホリ行って、日本戻ってきてからは考えてないなあ」
お互いの話をしながらご飯を食べ、ぼちぼち戻るかとバイク停めたところへ。
すると駅員さんぽい人に呼び止められる。
「え、すいませんここ停めたらダメでした?」
「いやいや、全然いいよ。バイク旅なんて今あまり見かけないから嬉しくなっちゃって。これ良かったら食べて」
み、みかんだ!!
「ありがとうございます!ついでにせっかくなんで写真撮ってもらっていいですか?昨日この子(ぼく)と知り合ったばっかなんです」
「君ら一緒に回ってるわけじゃなかったの!?バイクもおそろいなのに」
「そうなんですよー」
「はー、元気がいいねえ。はい、撮るよ」
「俺はこれから高知のほう向かうけど」
「ぼくは佐田岬半島の方へ行きます」
「そか。じゃあここまでやね。お互い気をつけて」
「またどこかで!」
Facebookだけ交換してお互い別れる。気の良いお兄さんだった。
これは余談だけど、お兄さんはその後オーストラリアに渡って1年ワーホリしたあと美容師をしながら時間を作っては海外にちょくちょく滞在してるらしい。
さて、これから向かうは四国最西端・佐田岬。
四国最北端を踏んだ(とこの時点では思い込んでいる)のでそのまま西、南、東と行きたいところ。
佐田岬は細長い半島の先にある。
バイクでびゅーんと走っていると雨が降ってきたので雨宿りをすることに。
海岸線沿いの売店で雨宿りをさせてもらい、雨が上がったらついでにちょっと散策。
な、なんかある……!!こういうのって言ったもの勝ちだよね。
謎のモアイ像。
よく分からないモニュメントがあったのでバイクと一緒に撮っておくかあと停めていると突然。
ライトアップ!!!
え、いや、うん、え、なんで??
なんだかよく分からないまま先に進む。
しばらくすると周りが暗くなってきたので良さげな飯処をツーリングマップルで探してまりーな亭というところに入ることに。
頼んだメニューはこちら。
とても美味しそう。
アップ。このピンクは削りかまぼこで、ご飯にとてもマッチしていて美味しかった。
ここのご飯は今回の旅で1,2位を争うくらい美味しかったのでまた機会があれば是非来たい。
そして本日の宿はここ。
当時もかなり減っていた状況ではあるけど、ライダーハウスという駐輪場くらいのスペースを備えた相部屋や雑魚寝が基本のゲストハウスが全国には点在する。
比較的安く泊まれるが、今だとネカフェの方が安いってこともちらほら。
ここは1泊3000円くらいだったような。
この日の客は自分だけだったので広々と使わせてもらった。
明日は四国最西端の佐田岬へ行く予定。全然計画をせずに来たので、ツーリングマップルを開きながら今後のなんとなくのスケジュールを決める。あくまでなんとなくだ。一人旅は気まぐれがいいのだ。(計画性がないことのごまかし)
この日は日付が変わる前には就寝。ようやくちゃんと睡眠時間を取れそうだ……💤
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【2013.11.9-16 四国ロングツーリング①】初めて四国の地へ
山登りを始める前はバイクに乗ってあちこちをだらだらと走っておりました。
今回は人生初となる数日に及ぶロングツーリングで四国一周したときの話をしようと思います。
プロローグ
そもそも、きっかけは2chだった。というかこのころ自分は大学生で、目に入ってくる情報のほとんどは2chかゴッドタンか水曜どうでしょうかアニメ・マンガ・ゲームから構成されていた。我ながらすごいつまんない過ごし方してたなと思う。
2年生のときにバイクの免許を取って3年生でバイクを購入し、どんなツーリングをしようかとまとめスレを漁っていたときに見つけた「キャンプツーリング」なる文化。旅というものに憧れていた自分はそのジャンルに強く惹かれた。
時期的にもちょうど学際と土日で9日間ほどの休みがあった。単純に一周したほうが「やった感」あると思い、一周約1000㎞と言われている四国に白羽の矢を立てた。
急いでキャンプ道具をAmazonで購入。さらに近くの2りんかんへ行きロングツーリング用にシートバッグやタンクバッグを購入。ダメ押しでUSB充電できるように配線。
「さあ準備バッチリ!」というところでどうやら寒波が訪れているようだった……。ペラペラシュラフで大丈夫だろうか?
1日目(2013.11.8-9)
名古屋の実家に一度立ち寄りその日は実家泊。
の、予定だったけど
「せっかく四国行くならフェリーだよな~」カチカチ
「……ん?神戸から夜行便なんてあるのか。……え!?あと5時間後に出る!?!?もう準備して行かなきゃ!!」
ということで急遽名古屋から神戸まで。しかも学生でお金ないので下道で。
夜の三重は寒い。山道だし。手をかじかませながらも
着いたぜ……フェリー。
1時出航なのに0時にフェリー乗り場に着いたので急いでチケットを買い乗船する。
初フェリーをわくわく散策し、たいして面白いものがないことに気づいたのでそのへんの空いてる場所でマットとシュラフを広げて仮眠。
そして5時過ぎ
高松に到着。
朝早すぎてやることがない。
ぶらぶらと歩く。
他のバイク乗りたちは早々にどこかに走って行ったけど、自分はツーリングマップル片手にほとんどノープランで来たので途方に暮れる。
調べてみるとあと30分でうどん屋が開店するらしい。え、朝6時半から!?
「四国と言えばうどんでしょ!」
ということで開店まで待って食べることに。
「ンメッ!ンメッ……!!」
正直本州で食べる讃岐うどんと比べてびっくりするくらい違うか?と聞かれると「……??」って感じ。でも、幸せだからOKです。
お腹もいっぱいになったしいよいよ何をしよう。香川ってあと何があるんだ……?
困ったときのツーリングマップルを開いてみると、どうやら栗林公園という綺麗な公園があるらしい。なんか聞いたことあるなと思い、行ってみることに。
ほおおおぉぉぉ~~~~。確かに綺麗!でも雲がなあ……。そして紅葉にはまだ早かった。
地図を見ていて気付いたのが、「四国最北端ってこの香川にあるんじゃね!?」ということ。スマホできちんと調べることもせず、「パッと見こっちのほうが最北端っぽい」という理由で大崎ノ鼻というところへ。ちなみに本当の最北端は違う場所でした。
すぐ近くに五色台展望台というところがあったので寄り道をする。
気づけば昼時になっていたので、走っていて目についた行列のあるお店へ。
「並んでるから美味いだろ」という圧倒的楽観。その手に持っているツーリングマップルは何のためにあったのか。
ウッ……ウマい!!!!
讃岐うどん食べるなら釜玉にしろと言われていたのは間違いじゃなかった。これだ、これだよ!これを香川に求めていたんだ。200円を下回るうどんに感動した。すごい、香川すごい。
釜玉うどんに満足し、地図を見ても特に何もなさそうなので一気に今治まで向かうことに。
夕日を尻目に走り、気づいたら日もすっかり落ちたころ。
うん……実は駅に向かってる途中から何か変だなーと思っていた。幹線道路のはずなのに両脇がずっと暗い。だけど駅に着いたら一変するだろうと思っていた。それが
なんもねえ
駅でこの暗さ。今でこそ飯能駅南口を知っているから「まあこんなもんだろ」って思うけど、名古屋で育ち本厚木で夜のやかましさを知ってる身としては全くもって田舎だった。
とりあえず駅をぶらつく。
そもそも自分はなぜ今治に行ったのか。そう、何を隠そうこのゆるキャラ・バリィさんが大好きだから。出会えて感無量。かわいい!持って帰りたい!きいろい!かわいい!頭の冠は瀬戸大橋!でかい!腹巻は今治タオル!かわいい!
ひとしきり盛り上がったところで(ちなみに駅には誰も人がいなかった)、夕飯を取れるところを探す。
調べるとどうやら反対口のほうに居酒屋があるらしい。今治名物の鉄板焼き鳥なるものも食べられるということでそこへ。
お店に入るとカウンターに案内される。バイト先が焼き鳥居酒屋だったので特になんとも思わなかったけど、よく考えると一人で居酒屋に入るのは初めて。
名物の鉄板焼き鳥と四国っぽいのでカツオのタタキを頼む。
鉄板焼き鳥は串焼きではないらしい。タレも自分でつけるっぽい。炭火だと時間がかかるので、せっかちな今治人は鉄板で焼くことを考案したとかなんとか。
とりあえず食べる。
うーん……まあ普通に焼いた鶏皮肉だな……
美味いけど、鉄板で焼いただけだからこれと言った感想が出ない。え、これ名物?ただの一般メニューじゃなくて?バイトの自分が焼いた炭火焼き鳥の方が絶対美味いけど、これ本当に名物でいいの?
※食べた当時の感想です
なんか……なんかなァ~~~~と思いながら会計して店を出た。
宿は残念ながらビジホしかなさそうだしどうしようと地図を見る。
あ、ここまで来ると松山にかなり近い。う~ん……松山まで走っちゃうか!!
というわけでナイトラン決行。とはいえ1時間程度で松山に到着。
ネカフェで寝るか~と駐輪場にバイクを停めてると
「あれっ?」
と何やら声をかけられる。
「あの~」
「はい」
「もしかして同じバイクじゃないですか?」
「え?」
「Zealでしょ?」
「そうです」
「やっぱり!俺もなんすよ~」
「まじですか」
自分が乗っていたYAMAHAのZealというバイクは当時すでに旧車となっており、しかも不人気車のため見かけたことがほとんどないレアバイクだった。
まさかこんな旅先の地で、しかも深夜のネカフェの駐輪場で乗ってる人に出会うとは。
「君もこのネカフェ泊まるん?」
「そうです」
「えー、ほなちょっとしゃべろ」
と高いコミュ力に流されるがまま、ネカフェに入りダーツしながら話すことに。
どうやらこの関西弁のお兄さんは仕事をやめて海外へワーホリしに行くまでの間、「これから海外に行くのに日本のこと全然知らんな」と思ってバイクで旅しているそう。
旅というものに憧れていた当時の自分にとって、まさしく旅人との出会い。しかも同じバイク乗り。テンションが上がる。
「明日俺道後行く予定やねん」
「あ、俺もです」
「じゃあ一緒に観光しよ」
ということでホイホイついていくことに決定。
「何時に起きる?」
「特に決めてなかったです」
「せっかくなら朝から回りたいよなあ」
「そうですね」
「じゃあ9時出にしよか~」
「わかりました」
「あ、もう4時半やん!それじゃおやすみ」
「え、あ、おやすみなさい」
昨日のフェリーでの睡眠時間は3時間程度。今は4時半。明日は8時半起きの9時出。今は4時半。4時半かァ……
こうして連日寝不足確定のまま初日が過ぎていった。
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スノーボード検定2級(SAJバッジテスト)を受けてきた
前回、川場スキー場でJSBAバッジテスト3級を受けてきました。
最後に記載している通り、会員登録費用がかからないことから次の目標はSAJスノーボードバッジテスト2級となりました。
今回受けてきたのでその記録となります。
受験先の決定
もともと3/6(日)に予定していた登山が、同行者たちの事情から3/5(土)へ変更となりました。
3/6(日)が空いたのでどうしようかなと考えていて思いついたのがバッジテスト2級の受検。
前回のバッジテストから1回も滑っていませんが、3/5(土)が上州武尊山登山だったので板を持って行って下りにゲレンデを滑ればいいかと思い、3/6(日)に受験を決定しました。
そうなると決めるべきは行き先。
SAJのスクールで3/6(日)にバッジテストを行っているところをピックアップ。
ゲレンデによって値段が違う。相変わらず車山スキー場は安い(1枚目) pic.twitter.com/HworcBgHlW
— コタお (@kotatsumuri39) 2022年3月1日
値段が安く、距離も近く、1回行ってコースを知っているという点から車山スキー場にしました。
新兵器の導入
前回のバッジテスト後、違う乗り味の板も気になりいろいろ調べた結果、新しい板を購入しました。
まいにゅーいたぁ……。OGASAKA CT-M 152(現TF)。遊べるオールラウンド板とのことで、カービングとグラトリ向きとしつつ端パウやコブもいけるらしい不思議な板。今使ってるK2のスプリットボードPanoramic154が3kgあるので2.1kgは驚愕の軽さ pic.twitter.com/7BtV8MeJOF
— コタお (@kotatsumuri39) 2022年2月28日
メルカリの中古品ですが、物は安定のOGASAKA。
これでバッジテストを受けることにします。
が、保護ワックスを剥がす暇もなく3/5(土)の登山へ持って行き、下りにゲレンデを滑ることに。
滑ってみるととても滑りにくい……。
板の問題なのか、保護ワックス剥がしてないからなのか、とにかく滑りにくい。
滑りにくいというか、滑りすぎる。前足重心でずっと回り続けるようなあの感覚を常に味わいます。え、何これ、ソリッドボードってこんな感じだっけ?
帰宅後、急いでスクレーパーでワックスを剥がし、ホットワックスをかけます。
ホームページによると検定は午後から。めんどうくさいけどスプリットと2枚持って行って、午前中に慣れないようならスプリットで受けることにしました。
※というか不慣れな板でいきなりテスト受けるのはやめましょう
テスト当日
8時過ぎにゲレンデに到着。リフト券を発行し、スクール受付へ。
「スノーボードのバッジテスト2級受けたいんですけど」
「じゃあこの申込書書いてください。検定料は5000円になります。合格すると認定料に3000円必要です。10時半から検定なので、5分前には受付に来てください~」
「はい。……ん?」
10時半?あれ?
「あの、ホームページには午後から検定って書いてあったんですけど」
「あ~、あれ記載が間違ってまして。2級は午前のみ検定なんですよ~」
ΩΩΩ<な、なんだってーーーー!?!?!?!?
え、じゃあ板慣らし2時間くらいしか出来ないってこと?
「5分前にはこのゼッケンつけて受付までお願いしますね」
とゼッケンを渡されます。
え、え~~~~……
とりあえず新しい板であるCT-Mで滑ることに。3,4本滑って昨日と同じままならスプリットで受けよう……。
リフトに乗って1本滑ってみます。ちょっと乗りにくさを感じるけど、昨日みたいな滑りすぎる感覚はない。
もう1本滑ってみます。お、お……?……これは面白い!よくしなる!軽い!ターンに入りやすい!
元々スプリットで使っていたのはPanoramicというフラットロッカーの板。スプリットしているため当然フレックスも硬く、滑りよりも歩くことに重きを置いた板です。
対してCT-Mはフリーキャンバーという高低差をそこまで出していないキャンバーの板。フレックスはやや柔らかめでカービングや端パウ、グラトリに向いている板となります。
目的が違うのだから乗り味が違うのは当たり前。しかし面白いほどしなる!板ってこんなに変わるのかと。
ソールに保護ワックスかけたまま滑っていたから滑りにくかったのであって、ちゃんとしていれば全然滑りやすいです。
板のことは詳しくないですが、おそらく保護ワックスをかけていたままだったのでストラクチャーが埋まってしまい溝が全くない状態になっていたのかなと。板の手入れの必要性を思い知りました。
10時過ぎになり、このままCT-Mでテストを受けることにしました。
テスト開始
SAJでは2級まではレッスンチェック方式です。講習内検定という言い方をします。講習中に滑りを見て、最終的に合格ラインに達していればOKという感じです。
が、きちんと採点はされます。ミドルターン、ショートターン、フリーランが平均65点以上(計195点以上)で合格となります。
今回の受検者はぼくを入れて7人。21~27のゼッケンをつけます。ぼくは22でした。(多分受付順)
先生「えー、いつもは3,4人くらいなんですが、今回は7名もいて人数が多いです。なのであまり見ることが出来ないかもしれません」
えっ
先生「ミドル、ショート、フリーランを1回ずつ滑ってもらって判定したいと思います」
それ、一発試験と一緒じゃん!!!!
ざわめく受験者たち、淡々と始まる準備運動、そしてリフトへ。
先生「じゃあまずはミドルターンから。私が先に滑って待っていますので、手を挙げたら21番の方から滑ってきてください」
ぼくは22なので2番手。最初じゃないだけマシです。さて、前の人はどんな滑りなのかnウッメェ~~~~。え、うめえ。2級ってこのレベル?マジで?でも先生のお手本の2級の滑りってもっと初心者チックだったような?
先生が手を挙げます。自分の番が回ってきました。
こちらも手を挙げ返して立ち、他に滑ってきている人がいないか確認してから滑り出します。
カービングさせないミドルターンはちょっと苦手です。前足重心でドリフトさせるか、後ろ足重心で板立ててカービングさせるかしか基本してないので。
最後の斜面が突然硬くなり、減速の圧に負けて後ろにこける形で演技を終えました。あれ、こけちゃダメなんじゃない!?
一発検定(1級でやる方式の検定会検定)ではこけたらアウトですが、今回は(一応)講習内検定。1回ずつしか滑りを見られないとしても、こけたら即アウトではないはず……。
ちょっとドギマギしながら他の人の滑りを見ます。2人だけ別格に上手いです。(なんで2級受けてんの?と思いましたが、1級受けるためには2級に合格している必要があり、その実績解除のためだと腑に落ちました)
体感だと上手さとしてはぼくは上から5番目くらいでした。
上位3人は確実に受かるだろうなというところです。
またリフトに乗って次はショートターン。
リフトに乗っている間に受験者同士で話したりしてちょっと打ち解けたので、初回ほど緊張はなくなっています。
ミドルターンと同じく先生が先に滑るので手を挙げたら順番に滑ります。
ただ今回は23番からスタートで、23,24,25,26,27,21,22の順番です。つまり自分が最後。
みんな上手いな~~と思いながら自分の番が回ってきたので滑走します。
ショートターンは前回川場でギャル先生と特訓したこともあり、そしてCT-Mがターンに入りやすい板特性というのもあって結構出来たかなと思いました。
そして最後はフリーラン。意図的にリズムを変えて自由に滑走します。
グラトリを入れるのもOKで加点対象になります。ただし大きな減速や転倒は減点。
ぼくはグラトリを全く練習しておらず、せいぜいで小ジャンプくらいしか出来ないので下手にやって失敗するよりはやらない方針でいきます。
まずはミドルから入ってショート、そしてカービングでロングターンに入って最後にまたショートターンでコントロールしなるべく先生の手前で止まって演技終了。あまり手前すぎるところで止まるより、少しでも先生の近くまで行って止まることでコントロールをアピールしました。
これで各種目1回ずつ滑ったことになりますが、時間がまだ50分くらいあります。
先生「まだ時間もあるので、もう1回何か見ようと思います。……そうですね、みなさんやっぱりショートターンのリズムが難しそうだったのでショートターンにしましょう」
ということでショートターン2回目。あれ、ぼく結構自信あったんだけど……な……
さっきよりもスピードをつけて、板をくねくねとターンさせるというよりはスキーのコブを捌く時のような動きのイメージでリズムよく行いました。
全員の滑走が終えてもまだ残り25分。
先生「うーん、フリーラン2回目やりましょうか。そこで総合的に見ます」
ラストはフリーラン。ミドルターンやショートターンも含め、フリーランとしてのリズムの変化なども見られます。
1回目よりは気負わず自由に滑れた気がします。
そういうわけで検定は終了しました。下まで滑ります。
先生「合格発表は15時になりますので、5分前に受付に来てください」
現在12時半。2時間半もある……。
ひとまずお昼ごはんを食べ、せっかくなので時間まで滑ります。
ゲレンデは悪天候時の転進先として使ってることが多いので雪降ってるほうがしっくりくる pic.twitter.com/uwdiKCQISN
— コタお (@kotatsumuri39) 2022年3月6日
だんだん天気が悪くなってきました。ちょっと寒い……。
結果発表
15時に受付に集まります。
先生「15時にしたのは、1級の人たちが午後に検定を行っており同時発表にするためです。ひとまずお疲れさまでした。まず総評としましては、ターンは板の動きを主に見ています。ターンサイズやリズム、均一なターンが出来ているか、落差などです。まだちょっと甘いところが多かったのでこれからも頑張ってください。では、受かった人は番号を呼びますのでそのまま窓口へ行き手続きをお願いします」
ターンサイズやリズム、均一なターンが出来ているか、落差などと聞いた瞬間「あぁ、オワッタ……」と思いました。ターンのズレばかりを気にしていて、そこまで気が回りませんでした。
先生「22番」
「えっ」
先生「あちらで手続きをどうぞ」
受かった!!!
窓口へ行き、3000円を払ってバッジと合格証をもらいます。
SAJスノーボードバッジテスト2級受かりました。来シーズン持ち越しなし!! pic.twitter.com/gq3a19X60P
— コタお (@kotatsumuri39) 2022年3月6日
点数が張り出されていたので見に行きます。
ギリギリなんですけど…… pic.twitter.com/gi2PZTpSwh
— コタお (@kotatsumuri39) 2022年3月6日
195点以上合格で195点。ぴったりと言えば言い方は良いですが、まあつまりギリってことです。
自信があったショートターンは基準点ぴったり。ミドルターンは苦手だなと思っている通りだったので64点。フリーランに加点があったのは驚きでした。
ちなみに点数について先生に聞いたところ、2級の検定では最大でも1種目69点らしいです。1点の差が結構大きいらしく、1種目で2点も加点があると相当すごいとのこと。
ぼくのフリーランは66点で1点加点なので、それなりに自信を持っていいのかもしれません。逆に言えばミドルターンは64点なので、もっと頑張りましょうってことですね。
ただ総合的な演技となるフリーランで加点されたのはかなり嬉しいことでした。
振り返って
前回のバッジテストからまともに滑ったのは当日朝2時間のみ。しかも板を変えて。というぶっつけ本番も過ぎる状況でしたが無事合格出来てよかったです。
来シーズン持ち越しはモチベーション的にもキツかったので。
前記事でも書いたとおり、1級は難易度が格段に上がり、さらに合格時にはSAJへの会員登録が必要となるため年会費がかかります。
さらに上を目指すのであれば別ですが、ひとまずゲレンデ内での板の動きとしては2級レベルはあるということが分かったのでここでバッジテストは打ち止めです。
ターンサイズやリズムの一定などではなく、これからは不整地や固いバーンなど、様々な雪面でもこの2級相当の滑りを行えること、そしてカービングやちょっとしたグラトリなどを練習していけたらと思います。
BCのための練習として割り切っていたゲレンデ滑走ですが、スクールレッスンやバッジテストを受けることで滑りにもいろんな観点があることを知りました。おかげでゲレンデはゲレンデで面白い!と思うようになりました。天気が良ければ雪山へ、そうでなければゲレンデへ、どちらに転んでも楽しく遊べるようになったのはとても大きいと思います。
今後スノーボードを続けていく中で、ふと自分の滑りがどれくらい上達したか知りたくなったらまたバッジテストを受けるかもしれません。
さあ、これからは春が近づいてきて雪も落ち着き快適なBCのシーズンです。滑るぞ~~