jRO講演会-事例から学ぶ山のリスクと事故回避策-に参加してきました
タイトルの通り、jRO*1主催の講演会に参加してきました。
今回の講師は羽根田治さん。
遭難対策を筆頭に数々の著書を執筆している方です。
場所は四谷区民ホール。前回も同場所だったので、東京開催はだいたいここなのかもしれません。
「あー、困ったなー」とぼやいている上司を横目に定時で上がり、会場へ向かいました。
これが会場の様子。
jROの方からあいさつがあり、その後紹介されて羽根田さんが登壇。
「普段はしゃべらないのであまりこういうのは慣れていないんですが」という前置きから開始。
※とても分かりやすいご説明でした
まずは近年の遭難事情から。
遭難件数というのは増加の傾向にあり、現状で2661件にも及ぶとか。(前年を上回る勢い)
上図の通り平成10年には1000件を突破。去年に関して言えば遭難者数は3129人、うちケガもなく救出されたのは1586人。負傷者と合わせてもほとんどが助かっている。
こうした遭難者増加の理由として、登山者の母体がそもそも増加傾向にあること、山岳会などで学ぶ場が昔と比べて少なくなり登山者全体のスキルが低下していること、携帯電話の普及により気軽に救助を要請できることが挙げられるとのこと。
次に遭難原因について。1位は昔から変わらず道迷いが圧倒的のようです。次に滑落、転倒。割合はあまり昔から大きく変わっていませんね。
こちらが年代別の遭難者数の推移です。
平成30年になってから70代以上の方の遭難件数が上がっており、これは登山者の高齢化を表しています。
個人的には40代、50代の方も平成30年から頭一つ分増えているのが気になりました。
次からは遭難事故事例の紹介。羽根田さんの著書からもいくつか紹介されています。
こちらの事故は非常に心にくる内容でした。
1つ目のパーティーが転落・重症を負い、救助員の方が駆けつけたそうです。
そのときに事故現場付近を通過するパーティーがおり、救助員が「このあたりで事故があったので気をつけてください」と注意喚起を起こし、「わかりました」とパーティーが通過したその直後に最後尾を歩いていた女性が滑落。
あとから滑落された方は亡くなったそうです。
これが事故の現場。右下のほうに見える八丁橋というのがいわゆる下山地点であり、あと5分10分で下山というところで事故は起こりました。
これが事故現場の写真。
左へ曲がるのが正規の登山道ですが、滑落者はどちらも右へと落ちたそうです。
一人目は林道まで転落しましたが無事に救助。二人目はもっと手前で止まりましたが、亡くなりました。
この事故から得られる教訓です。
ストックはあくまでも体のバランス保持のための補助用具であり、それに頼って行動するのは非常に危険であるとのことです。
ぼくもダブルストックを使って登山をすることがまれにありますが、同様に思います。
次は一般登山道国内最難関とも言われている奥穂高ー西穂高の縦走路での事故です。
スライドが切り替わる瞬間を撮影したため読みづらいですが、2名の男性パーティーが無雪期のジャンダルム縦走(奥穂高→西穂高)中、ルートを誤り1名が滑落。150mほど落ちましたがヘルメットを装備しており致命傷は免れ救助となりました。
これが事故現場。ルートミスに気づき、引き返そうとふと手をかけたその岩が崩れ、バランスを崩して転倒・滑落したそうです。
この事故から得られる教訓です。
ヘルメットは「あの岩山は落石はないから」と装備しない人がちらほらいますが、先行している人が落石を起こしてしまう場合、滑落した際の頭部保護のためにも必携しましょう。
続いてはぼくが住んでいる飯能の山棒ノ嶺での事故事例です。
※奥多摩・棒ノ折山となっていますがどちらも正しいです。奥多摩と奥武蔵の境にある山で、地域によって呼称差異があります。
こちらの事故は奥多摩の高水三山を超えて棒ノ嶺を超える縦走コースで、羽根田さんもかしげていましたが特に道迷いとなるような箇所はなく、明瞭な登山道が続きます。
いまだに見つからず、行方不明となっています。
事故から得られる教訓です。登山計画書は警察に届けださずとも、誰かに必ず連携しましょう。
また、遭難時の早期発見のためにも痕跡を辿れるような行動を撮りましょう。
行方不明となったあとの影響です。
発見されないと行方不明扱いとなり、死亡認定されるのは7年後です。
それまでの間は生命保険も降りません。
「計画の届けと保険は義務と考えてほしい」と羽根田さんはおっしゃっていました。
次はこれからのシーズンに関する、雪崩についてです。
いわゆるベース地とされる場所での幕営もかかわらず雪崩が発生し、7名中4名がなくなっています。
極端な降雪や気温上昇時などは特に普段は起きない箇所での雪崩も誘発しやすくなっているため、慎重に行動してほしいとのことでした。
また、寝るときはナイフを1本携行することをオススメする、とのことです。
今回の事故では亡くなった4人はテントの隅で寝ていたそうです。雪崩で崩れたテントが覆いかぶさり、その上に雪が乗り窒息したのではないかと。
過去に似た事例があり、割れたメガネの破片でテントを破り助かった人がいたそうです。
次はパーティー登山での赤岳の事故。
一人減っていることに気づいたのは小屋についてからだったそうです。
しかし救助要請は当日でなく翌日になってから。
最後尾を歩いていた方が行方不明になっていることから、おそらくこの方がリーダーであり指令系統が乱れて判断が遅くなったのではないかとのこと。
事故から得られる教訓です。
パーティー登山では特に自分だけでなく周りにも気を配り、いざというときの手筈を何パターンか考えて事前にしっかりと打ち合わせること。また、自分たちではどうしようもないと思ったらすぐに救助要請を行うよう話していました。
次の事故は個人的に最も今どきというか、その可能性を秘めているなと思ったものです。
ソロの男性が雪山でルートを誤り危険な斜面へと入り込み、どうしようもなくなり救助要請。
これが事故現場です。かなりの斜面をかなりのところまで下っていますよね。
今回の原因は悪天候の中で地図を確認せずに行動したこと、そして登山者の経験からしてふさわしく時期に入山したことです。
救助の様子を動画で見せてもらいました。遭難者は救助隊員とどちらのルートに行こうとしていたのかなど会話をしていましたが、現在地と本来向かうべき方角が分かっていない状況でした。
装備だけがある状態で、知識と技術が追いついていないことを自覚出来ず、ネットなどの情報を見てソロで入山する。よく聞く話だなと思いました。
「どこまで知識と技術があればいいのか」に正解はありませんし、ぼく自身もその傾向はあると思います。
今回で言えば地図をこまめに確認する、自分の経験を考えて悪天候なら諦めるなど、判断・行動ともに少し気をつかうだけで防げたのにと思いました。
あと救助隊員の行動速度に非常に驚きました。あの斜面をまるで階段を駆け上がるかのようにピッケル使って登れるのか……と。
今までは事例の紹介でしたが、次からは実際にどうすればリスクを回避できるか、その対策についてです。
まず山には3つのリスクが存在します。
まずは地形的要因。写真の通りですが、山と一口に言っても様々な地形が存在しています。それらの特性をよく知ることで、リスクを低減できます。
次が気象的要因。山の天気は平地よりも変わりやすく、自身への影響が大きいです。
気象現象を知ること、予測できるようになることでリスクを低減できます。
そして最後に人的要因。
これが一番大事だとおっしゃっていました。まず人の要素がないと遭難事故はほとんど起こりえないと。
登山というのは色んなバイアスがかかります。
- 正常性バイアス:異常を認識しようとしない。自分にとって都合の悪い情報のみ脳内から追い出す
- 楽観主義バイアス:何とかなるだろうと根拠もなく安易に考えてしまう
- 確証バイアス:「前はこっちに行ったはずだ。あのリボンは見たことあるやっぱり合っている」と自分の考えを後押しする要素ばかり集め、誤った確証を得ようとする
これらが判断を狂わせるもとになるため、「今自分には確証バイアスが働いているのではないか?客観的に情報を集めよう」などと思い直すことが大切とのことでした。
登山中は常に選択の連続で、判断を誤れば経験に関係なく誰もが遭難する可能性があります。
いろんな状況を考え、その中から適切な選択をとっていくのが重要だと思います。
最後に、遭難したが助かった事例の紹介です。
この方は遭難発覚までの行動が間違いだらけのように思いました。
ただ遭難後、冷静さを失わない、一貫して楽観的にいられた心の持ち方は強いなと。
また、沢を下って行ったらしいですが滝などどう考えても降りられないと思ったら隣の尾根が上がっていったそうです。無理をしすぎなかったのも助かった一因だと思います。
この「引き返せなかった」というのが正常性バイアスがかかっている状態らしいです。
次の事例です。
この方も同様に、冷静さを失わないでいたこと、あとは救助を待つと決めたときにその行動を一貫したことが助かった要因なのかと思います。
こうして見ていると、やはり登山届の必要性というのが強くわかりますね。
次は羽根田さんへの質問タイム。
質問①:遭難事故についての著書をよく見かけるが、調べるようになったきっかけがあれば教えてほしい
羽根田:富山県警がレスキュー日誌を書いたところ反響が大きく、岐阜県警や長野県警から同様のことをしたいが執筆できる方がいないとのことで相談を受けたのがきっかけ。
質問②:遭難を防げるようになるために何をするべきか
羽根田:人間は必ず失敗をする生き物なので、事前に失敗をして対策を見つけておくこと。死なない小さな失敗をどんどんする。
最後に、jROの方から例年jROの中での遭難事例は40-50件くらいだが、今年は70件に届きそうになっている。注意して登山をしてほしいとのことでした。
遭難は経験に関係なく誰にでも起こりうるものです。ぼくも改めて情報の収集・技術の習得などを行い、行動中の判断材料を増やして気をつけようと思います。